でいりいおくじょの

【読書日記】「櫻守」(水上勉著)

桜の季節にちなんで、桜にまつわる小説を読んでみました。

学生時代から桜に取り憑かれ、
生涯を通じて私財を投げ打って桜の保護育成に捧げた桜学者竹部庸太郎。
竹部の感化を受け、桜の保護育成に目覚めた庭師、弥吉。

生涯を桜の研究に捧げた竹部ではなく
桜をこよなく愛した無名の庭師、弥吉の一生を描いた物語です。

学識を持って、学問的に桜を研究し
組織的に桜の育成をする竹部は
私財を投げ打って日本固有の品種を育成しつつ

その一方で
ダムに沈む街に植わっていた樹齢400年の桜の
移植を成功させる偉業を成し遂げます。

本当なら、ここがメインストーリになるはずのところなのですが
そうではなく、
無名の庭師の話なのです。

そこに水上勉氏の、一つの思いが見えます

桜を学術的に研究し
日本古来の品種を守っていく竹部とのような桜との関わり方もあれば

神社の境内にひっそりと植えられている桜の木を
日々、大切に愛でる弥吉のような生き方もある。

たしかに、学術的に研究をし、
お金をかけて保護育成してこそ守られていく部分もあるけれど

桜を守っているのはそれだけではない。

密かに木の手当をしている庭師がいて
毎年桜が咲き、
桜が咲くから、沢山の人が見に来て
たくさんの人が愛でるからこそ桜に価値が生まれる。

研究、保護育成する人
道端に生えている名もない桜の木をこっそり手当する人
名もない桜の木を密かにお世話している庭師

色んな角度から桜を愛している人がいて
桜は無限の価値を保ち、そして守られて
桜になっていく。

この桜の話を読みながら
桜をそのまま料理にスライドしてしまうのは
料理研究家の悲しい性なのかもしれません。

桜と同じように
料理をアカデミックに研究する人もいれば
芸術的な行きに高めることに努める人
味を評価する人
普通の生活の中で日々料理に関わる人
一言で料理と言っても、いろいろな関わり方があります。

料理を学術的に研究したり
芸術の域に達することが出来たり
そういう方々の功績のお陰で
料理のレベルが確実に向上するのだと思いますが

普通の生活の中で日々料理を作り食べる営みがなければ
それはやっぱり片手落ち。 

桜の花が誰もが気軽に楽しめることで
こんなにも愛される花になったように

誰もがふつうに美味しいと思える、
当たり前の料理、これもとても大切。

いつも歩いている道にうえられている桜に
ふと気がつけば花が咲き始め、ああキレイだなと思う。
それって、いつも食べている家庭の味に
ふと、ああおいしいなと心が動く
そんな家庭料理の瞬間とすごく似ている気がします。

けれど、
当たり前にそこに植えられている桜が当たり前に花をつけるのではなく
桜の木もきちんと世話をしてこその満開の花なのです。

家庭料理もまた、美味しかったなあで終わってしまうのではなく
折にふれて、気にかけ、作り続けることで
はじめて、家庭料理が生活の一部分になる。

当たり前に桜が咲くのではないように
当たり前に家庭料理が出来上がるのでもない

だからこそ、大切に守っていかなければ

守らなければ
枯れて、忘れ去られてしまう
桜も家庭料理も。

そんな気がして、
家庭料理を気にかけ、手をかけ、
当たり前の家庭料理が家庭から姿をなくしてしまわないように

弥吉が桜を想うような気持ちで
私もまた、家庭料理を育て守っていけたらと思ったのでした。

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