昨日、
レシピ入力を一人で黙々とやっている話を書きながら
ああ、そう言えばデカルトさんも、
そんなこと言ってたなって思って
あれから本のページをめくってみたら
確かにデカルトさんも言ってました。
「方法序説」(デカルト著 谷川多佳子訳 岩波文庫)
第二部
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たくさんの部品を寄せ集めて作り
いろいろな親方の手を通ってきた作品は
多くの場合
一人だけで苦労して仕上げた作品ほどの完成度が見られない
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この部分を読んだ時
すぐに、
そうそう、そうそう、ワカルワカル
って思ったんです。
デカルトさんは
この後、建築の事とか
街づくりの事とかを引き合いに出して
何人もの建築家が意見を出し合って建てたものよりも
一人の建築家が彩請け負って最後までやったもの方が
壮麗で整然としている
というようなことを書いていて
料理もそうですよ、
って思ったのでした。
料理って
教科書に書いてある、いわゆる“正しい”やり方だけじゃなくて
ネットで話題になっているやり方とか
料理研究家が、研究して新しく見出したもの
いろんなやり方があるんです。
だからレシピを書く時に
自分のやり方というのをしっかり持っておかないと
いろんな人のやり方を寄せ集めみたいなレシピに
なってしまうんですよね。
(あっ、これ、料理研究家の話ね。
普通の人は、料理作る時、こういうやり方でいいんです)
いろんなやり方の良いところを組み合わせた料理法は
ある意味、お得感があって、完成度も高いから
それはそれでありなんだけれど
レシピの完成度という意味からいえば
完成度は低いと思うな。
私にそれができないからそう思うのかもしれないけれど。
不器用というか、融通がきかないというか
できないんですよね。
例えば
ある料理を試作していて
私としては、この部分が納得いってない
って思っているのに
誰かに、別にこれでいいんじゃないの
って言われたとします。
そういえば、そんなに変でもないし
ここで我を通したら、
迷惑も掛かるし、時間もかかるし
そう思って妥協するとします。
すると、
ずーっと、その後長く引きづちゃうんですよ、私。
なんであの時、もう少し探究しなかったのかって。
私一人だったら
あと何回でも、納得いくまで試作したはずなのに
なんで妥協しちゃったのかなって。
とってもちっちゃなことなんだけれど
私は、そういうことを引きづるタイプでして
ホント、ウジウジ子
納得いくまでやりたいタイプ。
協調性がないともいえる
でも、デカルトさん的に言えば
一人でやった方が、確実に完成度は高いものができる。
だからね
こういうタイプの人間は
しんどくても、一人でコツコツやるしか道はないのです。
デカルトさんが
料理研究家になって
今のわたしの立場になったとしたら
絶対一人でコツコツレシピを入力したと思う。
自分がプロとしてやる以上
確実に完成度の高いものができる道を選ぶはずだから。
めんどくさい性格だけれど
仕方ない。
以前、
詩の教室に通っていた時
詩集を編む時は
詩と詩が共振しあうような順番で並べるのがいい
というのを聞いて
あの時も、まさにレシピと一緒だなと思ったんです
レシピもね
レシピどおしが、共振しあうような並びがあるんです。
それを今、静かに感じながら
こつこつとレシピを入力しているところです。
自分と向き合う時間
しんどくても、とっても貴重です。


「自分と向き合う時間 しんどくっても、とっても貴重です」
の言葉心に刺さりました
あるイベントの企画を頼まれ軽い気持ちで引き受けたら自分にはできないくらいの負担で
「もうやめよう」
と、何度も思いましたが毎日コツコツ一人でやっていくうちにコツも分かり
なんとか仕上げることができました
いろんな困難を乗り越えてきた奥園さんだからこその言葉ですね
「小松菜のごま焼きそば」
ばっちゃんは入れ歯に挟まるのでいりごまではなく
すりごまをたっぷり入れて作っていますが
とてもおいしいです